東京高等裁判所 平成10年(行ケ)341号 判決 1999年9月29日
原告
ユニッタ株式会社
代表者代表取締役
【A】
原告
株式会社三秀
代表者代表取締役
【B】
原告両名訴訟代理人弁理士
【C】
同
【D】
被告
特許庁長官【E】
指定代理人
【F】
同
【G】
同
【H】
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告ら
特許庁が、平成7年審判第17224号事件について、平成10年9月17日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告らは、平成3年10月23日、意匠に係る物品を「プーリー」とし、その形態を別添審決書写し別紙第一記載のとおりとする意匠(以下「本願意匠」という。)について意匠登録出願(意願平3ー31840号)をしたが、平成7年6月30日に拒絶査定を受けたので、同年8月9日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成7年審判第17224号事件として審理したうえ、平成10年9月17日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年10月7日、原告らに送達された。
2 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願意匠が、その出願日前にわが国において頒布された刊行物である意匠公報所載の意匠登録第786474号の意匠であって、意匠に係る物品を「動力伝導用プーリー」とし、形態を同審決書写し別紙第二記載のとおりとする意匠(以下「引用意匠」という。)と、意匠に係る物品が共通し、形態についても類似するものであるから、意匠法3条1項3号に該当して意匠登録を受けることができないとした。
第3 原告ら主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願意匠と引用意匠とが意匠に係る物品を共通とすること並びに本願意匠と引用意匠との形態についての共通点(2)及び(3)は認める。
審決は、本願意匠と引用意匠との共通点の認定判断に当たって共通点(1)の認定を誤るとともに共通点(1)~(3)についての判断を誤り、さらに差異点<1>~<4>についての判断を誤った結果、両意匠の類否判断を誤るに至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(共通点の認定判断の誤り)
(1) 審決は、本願意匠と引用意匠との共通点(1)として、「一定幅の外周面を有し、一方の外周側端より内方に向けて平坦面(垂面)を形成した後、中心にベアリングおよび軸部を受ける短筒状部を内設した薄肉で一体的に形成される環状立体とするもの」(審決書2頁18行~3頁2行)と認定したが、本願意匠の平坦面(ディスク面)は、外周面に対し垂直な平坦面であるものの、引用意匠の平坦面は、外周から内周に向かって外側に傾斜しており、外周面に対し垂直ではないから、該認定は誤りである。
(2) 審決は、上記共通点(1)のほか、本願意匠と引用意匠との共通点(2)として、「前記外周面にベルト等を当接するため数条のV溝を形成し」(審決書3頁2~4行)と、同(3)として、「外周両側端部をV溝山部よりやや高く形成しており、その一方外周側端は斜め外側に向け形成し、もう一方の当該側端部は、これに対向して同様に斜め外側にむけて形成するも、前記内方に向けて平坦面を形成するため折り返して、やや肉厚状としている」(同頁4~9行)と認定したうえ、「(1)の共通点は、環状立体の全体構成にわたるところを形成して意匠全体の基調を形成し、(2)V溝の共通点は、外周面という視覚的に目立つところの殆どを占めており、これら(1)及び(2)の共通点は、(3)の共通点とも相侯って、両意匠の強い共通感を醸成しているから、両意匠の類否を左右している」(同4頁4~10行)と判断したが、誤りである。
すなわち、一定幅の外周面を有し、一方の外周側端より内方に向けて平坦面を形成する形状(共通点(1))、外周面にベルト等を当接するため数条のV溝を形成(同(2))、外周両側端部をV溝山部よりやや高く形成しており、その一方外周側端は斜め外側に向け形成し、もう一方の外周側端は、これに対向して同様に斜め外側にむけて形成するも、内方に向けて平坦面を形成するため折り返して、やや肉厚状としている形状(同(3))は、特公昭61ー28419号公報に開示されており、これに係る出願が公開された昭和59年3月29日当時公知の形状であったのであり、また、平坦部の中心にベアリング及び軸部を受ける短筒状部を内設した形状(同(1))も、特開昭57ー72738号公報に開示されていて、その出願公開時である昭和57年5月7日当時公知の形状であって、いずれも、この種のプーリでは非常にありふれた部分である。
しかして、意匠の類否判断をするにするに際して、意匠を構成する要素の中に、その物品としては極めてありふれた意匠に係る共通点がある場合には、その評価に当たって、全体に占める共通部分の面積比にこだわるべきでなく、本願意匠の新規部分を含む差異点を、その面積比よりも比較的大きく評価するべきである。
2 取消事由2(差異点<1>~<4>についての判断の誤り)
(1) 審決は、本願意匠と引用意匠との差異点<1>として認定した「内設された前記短筒状部について、本願の意匠は、緩い湾曲面を経て形成されているのに対し、引用の意匠は、当該部を段状に形成している点」(審決書3頁10~13行)につき、「<1>の・・・差異は、当該部全体がともに緩やかな移行曲面を有している点においては共通しており、引用の意匠の段状形成も僅かで滑らかに移行するものであって、かつ、本願の意匠の方が変化のないより単純なものとしていることをも考慮すると、両意匠の類否判断上この点の差異を格別評価することができない。」(同4頁15行~5頁2行)と判断したが、誤りである。
すなわち、本願意匠において、短筒状部は、外周面と平行な平滑面で構成され、外周面の幅方向の長さの略3分の2程度の長さの幅を有し、さらに、平坦面が、外周面及び短筒状部を構成する平滑面と垂直をなしている。これに対し、引用意匠において、短筒状部の幅方向の長さは、外周面の幅方向の長さとほぼ同じ程度であり、その幅方向の中央部分で、内側に向けて径が縮小する段を有し、その段状部の平坦面側段部は、開口部側に向かって若干テーパ状に拡がっており、さらに上記1の(1)のとおり、平坦面は、外周から内周に向かって外側に傾斜している。
このような差異があるために、平坦面側(以下、「上面側」といい、平坦面側と正対する側を「下面側」という。)から観察した場合、本願意匠は、平坦で、かつ、全体として非常に滑らかな形状であるとの印象を受けるのに対し、引用意匠は、立体的で、全体として曲面の多い複雑な形状であるとの印象を受けるものであり、さらに、本願意匠は、平坦面から短筒状部に移行する弧状部分を除き、面と面との交差部分が丸みを帯びないように形成されているので、全体が丸みを帯びた引用意匠の場合と比較して、上記平坦面から短筒状部に移行する弧状部分が、観察者の注意を惹くものである。他方、下面側から観察した場合、本願意匠は、短筒状部が外周面の幅方向の略3分の2程度しか伸びていないので、筒状端部が外周面で覆われる空間内に収容されているとの印象を受けるが、引用意匠は、短筒状部が外周面の幅方向とほぼ同じ長さで伸びているため、短筒状部と外周面とで環状の空間を形成しているとの強い印象を受けることになる。なお、本願意匠において、短筒状部が外周面の幅方向の略3分の2程度しか伸びていないことは、後記(2)のとおり、外周面の内周部分に設けられた軸方向の細かい凹溝を識別しやすくする意義も有する。
このように、本願意匠及び引用意匠における平坦部及び短筒状部の意匠は、本願意匠及び引用意匠を上面側及び下面側から観察した場合に両者が全く異なる意匠であるとの印象を強く与える特徴的な部分であり、本願意匠及び引用意匠の要部の1つであると判断するのが相当である。
被告は、上面側から観察した場合、引用意匠の短筒状部の段状形成は、その段差が肉厚程度で、かつ、鈍角的に滑らかに移行形成されていて、視覚的にさほど目立つものではないうえに、本願意匠は、短筒状部への移行部位又は短筒状部の壁面形状が、段差その他格別の変化のない単純で特徴のない態様であって、観察者の注意を惹かないから、差異点<1>は、共通した印象のうちに埋没してしまう程度の目立たない差異であると主張するが、引用意匠の段差が肉厚程度であったとしても、本願意匠の平滑な短筒状部の形状と比較して、視覚的に明らかな差異が認められ、観察者が両者を混同するおそれはない。本願意匠が引用意匠よりも単純な形態であるとしても、両者が別異の美感を醸し出し、その結果として観察者が両者を混同するおそれがなくなる以上、該差異点において両者は非類似と判断すべきものである。
(2) 審決は、本願意匠と引用意匠との差異点<2>として認定した「外周面のV溝を施した部分の内周相当部分において、本願の意匠は、軸方向に極めて細い凹溝を多数設けているのに対し、引用の意匠は、当該部分に軸方向と直交(周面に平行)する凹溝を数条設けている点」(審決書3頁13~17行)につき、「<2>の内周部分の凹溝の差異については、その機能的効果はともかく、その凹溝が外周面と比較して視覚的に目立たない内周部分に施されたものである上、本願の意匠のそれが極めて小さなありふれた凹溝であり、かつ、浅く表面的に表されたされた(注、「表された」の誤記であると解される。)ものであることから、その差異が両意匠の類否に与える影響は微弱なものというほかなく、」(同5頁2~9行)と判断したが、誤りである。
本願意匠及び引用意匠の意匠に係る物品であるプーリは、自動車や産業機械において動力伝達用、テンショナー用として用いられる機械部品であり、単体で使用されるものではなく、その使用状態においては、外周面はベルトで、短筒状部の内周面は軸で隠されており、平坦面も他の部品、部材で隠されていることが多いうえ、通常、エンジン等の動力源の近くで用いられるために、プーリ全体が動力源を覆うカバー類(自動車のボンネット等)で覆われていることが殆どであって、使用状態でその意匠を観察することは極めて困難である。また、各構成部分がプーリ自体の性能や耐久性に関係し、他の部品との関連もあることから、全く技術知識を持たない需要者が単体で購入することはない。さらに、プーリは、その取付方向が主として他部品との干渉の有無によって定まるから、表裏のない物品である。そうすると、プーリの購入選択等は、ある程度の技術知識を有する者がプーリ単体を手にとって全体を(すなわち、上面側からも下面側からも同等に)観察して行うものと見るのが相当である。
しかして、引用意匠は、下面側から観察した場合でも、外周面の内周部分は、径が大きく長い短筒状部で覆われていて、殆ど見ることができないが、本願意匠は、短筒上部の径が比較的小さく、かつ、外周面の幅方向の略3分の2程度までしか伸びていないので、下面側から傾けて観察した場合、外周面の内周部分の形状がよく観察でき、そこに施された凹溝は目立つものであるから、本願意匠については、内周部分の凹溝が外周面と比較して視覚的に目立たないとの認定は誤りである。
そして、本願意匠が、外周面の内周部分に、軸方向の、すなわち、外周面のV溝と垂直の方向の、極めて細い凹溝を多数設けているのは、プーリの強度を強化するためであり、さらに、プーリの回転の有無を視覚的に判断できるようにするためである。ある程度の技術的知識を有するものがこの凹溝を観察した場合、本願意匠のプーリが引用意匠のそれに比べて強度が高いという印象を受けるものであり、技術的知識を持たない者が観察した場合でも、本願意匠の凹溝部分は引用意匠のものとは全く異なる美感を生じさせるものである。
このように、本願意匠及び引用意匠における外周面の内周部分の意匠は、本願意匠及び引用意匠が全く異なる意匠であるとの印象を強く与える特徴的な部分であり、本願意匠及び引用意匠の要部の1つであると判断するのが相当である。
(3) 審決は、本願意匠と引用意匠との差異点<3>として認定した「外周面のV溝の数について、本願の意匠は8本としているのに対し、引用の意匠は6本としている点」(審決書3頁17~19行)につき、「<3>についてのV溝の数については、同様の凹溝が反復される視覚的効果には殆ど差異が認められず、」(同5頁9~11行)と判断したが、V溝の数に応じて外周面の幅寸法が変化し、外周面の内周部分の面積、すなわち、凹溝の面積が増減するため、V溝の数は、意匠全体を観察するうえで、特に外周面の内周部分に与える視覚的影響が強いから、審決の該判断は誤りである。
(4) 審決は、本願意匠と引用意匠との差異点<4>として認定した「全体における径比率について、引用の意匠の方がより大きなものとしている点」(審決書3頁末行~4頁1行)につき、「<4>の径の大小に係る差異は、この種物品においてはその目的、使用条件、期待する効果等を勘案して種々のサイズのものが用意されるのが通常であり、本願の意匠もそれらの範囲内のものであって、この差異を意匠上さほどに評価することができない。」(同5頁9~11行)と判断したが、誤りである。
この種のプーリの意匠については、外周部と、所定の軸に装着される短筒状部と、外周部及び短筒状部を結合する平坦部とを全体的に観察する必要があり、それら各部の寸法の相対比率、形状、模様、色彩及びそれらの組合せは意匠を特定するうえで欠くことのできない事項である。特に、短筒状部の意匠は、本願意匠及び引用意匠の要部の1つを構成する重要部分であり、この部分の寸法の他の部分の寸法に対する比率を無視することはできない。
第4 被告の反論の要点
審決の認定・判断は正当であり、原告ら主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(共通点の認定判断の誤り)について
(1) 原告らは、引用意匠の平坦面が、外周から内周に向かって外側に傾斜しており、外周面に対し垂直ではないから、審決の共通点(1)の認定が誤りであると主張するが、引用意匠の原告ら主張部分は、引用意匠に係る図面の当該部位を注視して、初めて、その平坦面が短筒状部として弧状に屈曲移行するため、その中央寄りを僅かに上方に傾斜させていることが判明する程度の目立たないものであり、意匠全体の形状を把握するに当たっては、殆ど平坦面として認識されるものである。
(2) また、原告らは、審決が認定した本願意匠と引用意匠との共通点(1)~(3)が、この種のプーリでは非常にありふれた部分であるとし、意匠の類否判断に際して、ありふれた意匠に係る共通点の評価に当たっては、全体に占める共通部分の面積比にこだわるべきでなく、本願意匠の新規部分を含む差異点を、その面積比よりも比較的大きく評価するべきであると主張する。
しかし、登録出願に係る意匠と公知意匠との類否判断をするに当たって、仮に、ありふれた意匠に係る共通点を、全体に占める共通部分の面積比よりも小さく評価するとすれば、その共通点と差異点とが類否に及ぼす影響の重さを衡量する際に、相対的に差異点を重く評価することになり、その結果、登録出願に係る意匠の差異点に係る態様が特段に新規でなくとも、登録される事態となりかねないこととなるが、このことは、意匠法3条の規定が、先行意匠に非類似の独特の特徴を有し、かつ、創作非容易の意匠に対し、保護を与えることを目的としているものと解されることに照らして、容認し難いものというべきである。
原告ら主張のありふれた意匠に係る部分を全体に占めるその部分の面積比よりも小さく評価することは、むしろ、差異点に係る態様の類否判断に及ぼす影響を評価する際に用いられるべきである。なぜなら、登録出願に係る意匠に、引用された公知意匠とは共通しない(したがって、差異点と認定される)ものの、他の公知意匠と共通し、登録出願に係る意匠に独特の態様とはいえない部分がある場合に、その差異点に係る部分を面積比相当に評価すれば、新規部分の殆どないような意匠が登録されることになりかねず、上記法目的に沿わない事態を生じさせるからである。
なお、本願意匠の新規部分を含む差異点を、その面積比よりも比較的大きく評価するべきであるとの原告ら主張は認めるが、本願意匠の差異点に関する部分は何ら新規とはいえないものである。
2 取消事由2(差異点<1>~<4>についての判断の誤り)について
(1) 原告らは、審決の差異点<1>についての判断が誤りであると主張する。
しかしながら、上面側から観察した場合、本願意匠と引用意匠とは、外周両側端部をV溝山部よりやや高く、斜め外側に向け形成するも、内方に向けて平坦面を形成するため折り返して、やや肉厚状とする点、外周側端より内方に向けて略平坦面を形成する点、平坦面からの弧状に屈曲した緩やかな移行曲線を経て短筒状部を内接した点において共通し、これらの共通点が相俟って、強い共通した印象を観察者に与えるものである。これに対し、引用意匠の短筒状部の段状形成は、その段差が肉厚程度で、かつ、鈍角的に滑らかに移行形成されていて、視覚的にさほど目立つものではないうえに、本願意匠は、短筒状部への移行部位又は短筒状部の壁面形状が、段差その他格別の変化のない単純で特徴のない態様であって、観察者の注意を惹かないから、差異点<1>は、前示共通した印象のうちに埋没してしまう程度の目立たない差異であって、両意匠の類否判断を左右する程のものとは認められない。なお、引用意匠における平坦面がその中央寄りを僅かに上方に傾斜させている点が、ごく目立たないものであって、意匠全体の形状を把握するに当たっては、殆ど平坦面として認識されるものであることは上記のとおりであって、これが両意匠の類否を左右するものとは到底認められない。
また、下面側から観察した場合の、短筒状部の長さ幅の程度による印象の異同に関しては、この種プーリにおいて、引用意匠と同様、短筒状部を外周面と略同幅とするものも、本願意匠と同様、短筒状部を外周面の幅より短くするものも、いずれも本願出願前から普通に知られており、ともに通常行われる変更の域を出ない一般的なものであるから、該差異は両意匠の類否に影響を及ぼす程のものではない。
したがって、審決の差異点<1>に関する判断に誤りはない。
(2) 原告らは、審決の差異点<2>についての判断が誤りであると主張し、その主張の前提として、プーリは、使用状態でその意匠を観察することは極めて困難であり、技術知識を持たない需要者が単体で購入することはないから、プーリの購入選択等は、ある程度の技術知識を有する者がプーリ単体を手にとって全体を(すなわち、上面側からも下面側からも同等に)観察して行うものと見るのが相当であると主張する。
しかしながら、プーリを技術知識を持たない需要者が単体で購入することはないとの主張は根拠がないのみならず、観察の視点につき、実際に使用される以前の流通段階を想定して、あらゆる視点を指定するとすれば、殆どの形態を視認できることは当然である。
審決は、流通状況における技術的知識を有する者を主体とするも、それに限らず一般需用者も含め、それらの者が、通常の条件又は状態において観察する場合を前提として、差異点<2>に係る凹溝が外周面と比較して視覚的に目立たない内周部分に施されたものであるうえ、本願意匠のそれが極めて小さなありふれた凹溝であり、かつ、浅く表面的に表されたものであることから、その差異が両意匠の類否に与える影響は微弱なものと評価判断したものであって、その判断に誤りはない。
(3) 原告らは、審決の差異点<3>についての判断に対し、V溝の数に応じて外周面の幅寸法が変化し、その内周部分の凹溝の面積が増減するため、V溝の数は、内周部分に与える視覚的影響が強いとして、審決の判断が誤りであると主張するが、該主張は、差異点<3>自体ではなく、外周面の内周部分に与える影響をいうものであって、失当であることは明らかである。
(4) 原告らは、審決の差異点<4>についての判断が誤りであると主張する。
しかして、原告らの主張する各部の比率は、結局、プーリにおける短筒状部の径と平坦部の径の大小の差異に係るものであるところ、この種プーリにおいては、必要性に応じ、各種サイズのものを取り揃えることができ、従来より種々の比率態様のものが見られていたものであり、本願意匠のような態様もごく普通に見られるありふれたものであって、格別観察者の注意を惹くものではなく、類否判断を左右する程の要素とは認められないから、差異点<4>についての審決の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(共通点の認定判断の誤り)について
(1) 原告らは、引用意匠の平坦面が、外周から内周に向かって外側に傾斜しており、外周面に対し垂直ではないと主張するところ、引用意匠に係る意匠登録願書(甲第14号証)添付の図面中、「A-A断面図」との表示のある図によれば、引用意匠において、外周面の斜め外側に向けて形成された一方の側端部が折り返して内方(プーリの内周方向)に向かって、外周面に対し垂直な面(平坦面)を一旦形成した後、短筒状部に移行するため弧状に屈曲する手前で、該平坦面が外側に向けて極めて僅かの膨らみを形成した後、屈曲していることが窺われないでもない。しかし、該膨らみは、原告ら主張のように平坦面自体が外周から内周に向かって外側に傾斜しているものとは認められないのみならず、前示図「A-A断面図」を注視し、各部を仔細に検討した場合に、初めてその存在が窺われる程度のものであって、観察者において、前示平坦面が外周面に対し垂直で、かつ、平坦な面を維持したまま、短筒状部に至るべく弧状に屈曲しているものと認識することを妨げる程度のものではないというべきであるから、本願意匠と引用意匠との類否判断に当たり、該膨らみを引用意匠の形状の認定から省いても、類否判断に影響を及ぼすものとは考えられず、したがって、審決が、本願意匠と引用意匠との共通点(1)として、「一定幅の外周面を有し、一方の外周側端より内方に向けて平坦面(垂面)を形成した後、中心にベアリングおよび軸部を受ける短筒状部を内設した薄肉で一体的に形成される環状立体とするもの」と認定したことに原告ら主張の誤りがあるとはいえない。
(2) 原告らは、本願意匠と引用意匠の共通点(1)、(2)が、同(3)と相侯って、両意匠の強い共通感を醸成し、両意匠の類否を左右しているとの審決の判断を誤りであると主張し、その根拠として、審決が認定した本願意匠と引用意匠との共通点(1)~(3)に係る形状が、この種のプーリでは非常にありふれたものであるところ、意匠の類否判断に際して、ありふれた意匠に係る共通点の評価に当たっては、全体に占める共通部分の面積比にこだわるべきでなく、本願意匠の新規部分を含む差異点を、その面積比よりも比較的大きく評価するべきであると主張する。
しかしながら、本願に係る意匠登録願書(甲第2号証)添付の各図面と、引用意匠に係る意匠登録願書(甲第14号証)添付の各図面とに基づき、前示共通点(1)並びに当事者間に争いのない同(2)及び同(3)を対比すると、審決の判断のとおり、「(1)の共通点は、環状立体の全体構成にわたるところを形成して意匠全体の基調を形成し、(2)V溝の共通点は、外周面という視覚的に目立つところの殆どを占めており、これら(1)及び(2)の共通点は、(3)の共通点とも相侯って、両意匠の強い共通感を醸成している」(審決書4頁4~10行)ことが認められ、そうであれば、そのことが両意匠の類否判断に大きく影響することは極めて明白なことであるから、「両意匠の類否を左右している」(同4頁10行)との審決の判断にも誤りはない。
ところで、一般に、登録出願に係る意匠の、引用された公知意匠との差異点に係る部分が新規性を有する態様であるときに、該差異点に係る態様を、その部分の全体に対する面積比よりも大きく評価すべき場合があることは、原告ら主張のとおりであり、かかる場合には、その反射的な影響として、相対的結果的に、共通点に係る態様の評価が、共通点の部分の全体に対する面積比よりも小さくなるとしても、登録出願に係る意匠と引用された公知意匠との共通点が、ありふれた意匠に係るものであるからといって、直ちに、該共通点に係る態様を、その共通点の部分の全体に対する面積比よりも小さく評価すべきことにならないことは、登録出願に係る意匠のうちの残余の差異点に係る部分が、引用された公知意匠とは共通しないものの、他の公知意匠との関係において、該共通点と同程度以上にありふれたものである場合を想定すれば明白である。
したがって、原告らが、本願意匠と引用意匠の共通点についての審決の前示判断が誤りであるとする主張の根拠として、意匠の類否判断に際し、ありふれた意匠に係る共通点の評価に当たっては、全体に占める共通部分の面積比にこだわるべきでないことをいう部分はそれ自体失当であり、また、本願意匠の新規部分を含む差異点を、その面積比よりも比較的大きく評価するべきであるとする部分は、各差異点についての審決の判断に対し、主張の新規部分の故に該差異点をその面積比以上に大きく評価すべき旨の主張としてなすべきであって、いずれにせよ、審決の前示判断を左右するものとなり得ず、その判断に原告ら主張の誤りはない。
2 取消事由2(差異点<1>~<4>についての判断の誤り)について
(1)ア 「内設された前記短筒状部について、本願の意匠は、緩い湾曲面を経て形成されているのに対し、引用の意匠は、当該部を段状に形成している点」(審決書3頁10~13行)は、審決が差異点<1>として認定するところであるが、原告らは、引用意匠につき、さらに、平坦面側段部が開口部側に向かって若干テーパ状に拡がっており、平坦面は、外周から内周に向かって外側に傾斜しているとしたうえで、上面側から観察した場合、本願意匠は、平坦で、かつ、全体として非常に滑らかな形状であるとの印象を受けるのに対し、引用意匠は、立体的で、全体として曲面の多い複雑な形状であるとの印象を受け、さらに、本願意匠は、平坦面から短筒状部に移行する弧状部分を除き、面と面との交差部分が丸みを帯びないように形成されているので、全体が丸みを帯びた引用意匠の場合と比較して、上記平坦面から短筒状部に移行する弧状部分が、観察者の注意を惹くとも主張する。
しかしながら、原告らが、引用意匠において平坦面が外周から内周に向かって外側に傾斜していると主張する点については、平坦面が、短筒状部に移行するため弧状に屈曲する手前で、外側に向けて極めて僅かの膨らみを形成した後、屈曲していることが窺われないでもないが、該膨らみを引用意匠の形状の認定から省いても類否判断に影響を及ぼすものとは考えられない程度のものであることは、前示1の(1)のとおりである。また、引用意匠に係る意匠登録願書(甲第14号証)添付の各図面、特に「A-A断面図」との表示のある図によっても、その短筒状部の段状部分より平坦面側が、平坦面への移行部において弧状に屈曲した緩やかな移行曲線を描いていること(本願に係る意匠登録願書(甲第2号証)添付の各図面によれば、その点は本願意匠においても共通している。)を別にすれば、短筒状部の平坦面側が開口部側(すなわち、平坦面側)に向かってテーパ状に拡がっているとの事実を認めることはできない。
そして、差異点<1>のとおり、引用意匠が短筒状部を段状に形成しているとしても、前示意匠登録願書(甲第14号証)添付の各図面、特に「A-A断面図」との表示のある図によれば、その段差は肉厚程度で、かつ、滑らかに移行形成されていて、上面側から見たときに、さほど目を惹くようなものではないのに対し、上面側から見た場合には、本願意匠と引用意匠とが、共通点(3)のとおり、外周両側端部をV溝山部よりやや高く、斜め外側に向け形成するも、内方に向けて平坦面を形成するため折り返して、やや肉厚状とする点において、また、共通点(1)のとおり、外周側端より内方に向けて平坦面を形成した後、短筒状部を内設する点において共通し、さらに、前示のとおり、平坦面と短筒状部との移行部において弧状に屈曲した緩やかな移行曲線を描いている点で共通していることが観察されるから、これらの共通点により、両意匠が共通するとの強い印象を受けるものと認められ、差異点<1>に係る前示のような差異が、かかる共通するとの強い印象を左右するものとは認め得ない。
したがって、上面側から観察した場合、本願意匠と引用意匠とが明瞭に異なったものであるとの印象を受けるかのような原告らの主張は誤りといわざるを得ない。なお、原告らは、本願意匠において、平坦面から短筒状部に移行する弧状部分が、引用意匠の場合と比較して、観察者の注意を惹くとも主張するが、該部分は、前示のとおり、本願意匠においても、引用意匠においても、ともに、弧状に屈曲した緩やかな移行曲線を描いている点で共通しており、本願意匠において、特に観察者の注意を惹く要素が強いとは認め得ない。
イ 本願に係る意匠登録願書(甲第2号証)添付の各図面及び引用意匠に係る意匠登録願書(甲第14号証)添付の各図面によれば、短筒状部の長さ幅が、本願意匠においては、外周面の幅の略3分の2程度であるのに対し、引用意匠においては、外周面の幅とほぼ等しいことが認められるところ、原告らは、この差異により、下面側から観察した場合、本願意匠は、筒状端部が外周面で覆われる空間内に収容されているとの印象を受けるのに対し、引用意匠は、短筒状部と外周面とで環状の空間を形成しているとの強い印象を受けると主張する。
しかしながら、本願意匠と引用意匠のそれぞれの短筒状部の長さ幅に前示の程度の差があるからといって、下面側から観察したときに、その差異に基づいて顕著な印象の差が生じるものとは認め得ないのみならず、本願出願前に頒布された刊行物である意匠登録第593632号に係る意匠公報(乙第1号証)及びその類似意匠に係る意匠公報(乙第2号証)には、長さ幅が外周面の幅と等しい短筒状部を有するプーリが、また、本願出願前に頒布された刊行物である意匠登録第621415号に係る意匠公報(乙第3号証)及びその類似意匠に係る意匠公報(乙第4~第16号証)には、長さ幅が外周面の幅の概ね3分の2程度である短筒状部を有するプーリが、それぞれ掲載されており、本願意匠のように短筒状部の長さ幅を外周面の幅の略3分の2程度とするものも、引用意匠のように短筒状部の長さ幅を外周面の幅と等しくするものも、本願出願当時、周知であったものと認められるから、該差異が観察者の注意を惹く程度も少ないものと認めるのが相当である。
そうすると、該差異も両意匠の類否に与える影響の乏しいものといわざるを得ない。
なお、原告らは、本願意匠において、短筒状部が外周面の幅方向の略3分の2程度しか伸びていないことは、外周面の内周部分に設けられた軸方向の細かい凹溝を識別しやすくする意義も有すると主張するが、仮にその主張のとおりであるとしても、そのこと自体は、短筒状部の長さ幅に係る差異が類否判断に与える影響として評価し得ないものである。
ウ したがって、審決の差異点<1>についての判断に原告ら主張の誤りはない。
(2) 原告らは、本願意匠と引用意匠との差異点<2>に係る凹溝の差異につき、本願意匠が、軸方向の極めて細い凹溝を多数設けているのは、プーリの強度を強化するためであり、さらに、プーリの回転の有無を視覚的に判断できるようにするためであるとしたうえ、ある程度の技術的知識を有するものが観察した場合に、本願意匠のプーリが引用意匠のそれに比べて強度が高いという印象を受けるものであり、技術的知識を持たない者が観察した場合でも、本願意匠の凹溝部分が引用意匠のものとは全く異なる美感を生じさせると主張する。
しかしながら、プーリが動力伝達のために外周面にベルト等を掛けて用いる物品であることに照らせば、その用途及び使用態様に鑑みて、需要者は、外周壁に関しては、直接ベルト等を掛けるその外周部分に注目する度合が高いものと考えるのが自然であり、これと比較すれば、その内周部分が目立たない部位であることは明らかであるところ、これに加え、本願に係る意匠登録願書(甲第2号証)添付の各図面によれば、本願意匠の凹溝は、軸方向に施されたというほかは、ごく浅く表面的に施された格別の特徴のない態様であることが認められ、そうであれば、たとえ、本願意匠の軸方向の凹溝が原告ら主張のような機能を備えるものであるとしても、これと引用意匠の軸方向と直交する数条の凹溝との差異が、視覚的に両意匠の類否に与える影響をさほど大きいものと評価することはできない。
したがって、審決の差異点<2>についての判断に原告ら主張の誤りがあるということはできない。
(3) 原告らは、審決の本願意匠と引用意匠との差異点<3>についての判断に対し、V溝の数に応じて外周面の幅寸法が変化し、その内周部分の凹溝の面積が増減することを理由として、該判断が誤りであると主張するが、凹溝が施された外周面の内周部分の面積の増減自体を取り上げ、これを、差異点<3>に係る外周面のV溝の数の差異と同視して、その類否判断に与える影響を評価することができないことは明白である。なお、外周面の内周部分の凹溝の態様に係る差異点<2>が、本願意匠と引用意匠との類否に与える影響を大きいものと評価し得ないことは前示のとおりである。
したがって、原告らの前示主張は失当といわざるを得ない。
(4) 原告らは、審決の本願意匠と引用意匠との差異点<4>についての判断に対し、この種のプーリの意匠については、外周部、短筒状部、平坦部を全体的に観察する必要があり、特に短筒状部の意匠は、本願意匠及び引用意匠の要部の1つを構成する重要部分であり、この部分の寸法の他の部分の寸法に対する比率を無視することはできないとして、該判断が誤りであると主張する。
しかしながら、本願意匠及び引用意匠に関し、外周部、短筒状部、平坦部を全体的に観察する必要があること、特に短筒状部の意匠が要部の1つを構成する重要部分であること自体は、そのとおりであるとしても、それ故に本願意匠と引用意匠との間の、短筒状部の径の外周部の径に対する径比率の差異が、当然に両意匠の類否判断に大きな影響を与えるとはいえず、特に、本願意匠の該径比率がありふれたものであるときは、観察者の注意を惹くものとはなり得ないというべきところ、前示意匠登録第593632号に係る意匠公報(乙第1号証)及びその類似意匠に係る意匠公報(乙第2号証)並びに意匠登録第621415号に係る意匠公報(乙第3号証)及びその類似意匠に係る意匠公報(乙第4~第16号証)には、短筒状部の径の外周部の径に対する径比率が概ね本願意匠と同程度のプーリが掲載されており、本願意匠の該径比率は極めてありふれたものであるものと認められるから、結局、差異点<4>に係る差異が本願意匠と引用意匠との類否に与える影響をさほど大きいものと評価することはできない。
したがって、審決の差異点<4>についての判断に原告ら主張の誤りがあるということはできない。
3 以上のとおり、原告ら主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条1項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)